ミツバチにまつわるお話

第1回 「女王とキャリアウーマンの分かれ道」~ミツバチ女系社会の仕組み

ミツバチとアシナガバチの問答

 かの福沢諭吉がイソップ寓話などを中心に翻訳した『童蒙教草(どうもうおうしえぐさ)』という本があります。明治五年に発行され、当時の日本の子供たちに西洋の道徳をわかりやすく伝えようとした一冊です。
  その中の一遍に「蜜蜂と黄蜂の事」というお話があります。ある日、黄蜂(アシナガバチ)がミツバチに話しかけます。
「世の中のヒトは僕を嫌うのに、君が愛されるのはなぜなんだろう。姿形も似ているし、ヒトを刺すのも一緒だろ」
  ミツバチはじっと話を聞き、黄蜂は話を続けます。
「僕らは時々、ヒトの家に入ったりもするし、どちらかといえばヒトと親しくしているのに嫌われている。それにひきかえ君は用心深くて、ヒトとは疎遠だろう。なのに君たちには家を作って与え、冬の間も丁寧に世話をするなんて」
  ここまで聞いたミツバチは、やっと口を開いて一言。
「君はヒトの好まないところに無闇に現れて、無駄な時間を過ごしているからさ。その時間を使って、何か世のためになることにつとめたらどうだい」
  このミツバチの態度はイヤミに感じられなくもないですが、これは「益なき悪事を為さゞるやう誠を尽くす事」、すなわち「何か世の中の益になることに真面目に取り組むように」という教えに基づいています。しかし、この一遍には道徳的な教えだけでなく、ミツバチという昆虫の持つ特性もよく現れているのです。
  ミツバチは「社会性昆虫」と称されるほど、秩序ある 、まさに「社会」を築いていることで知られています。しかも数十万種というハチの中でも、これほどまでに整然とした、そして高度な社会性を持って生活を営むミツバチは、わずか九種に限られているのです。
  というと、その巣の中はまるで面白みのない様子にも思えますが、これほど進化したミツバチたちの営みには、私たちの社会生活にも通じる関係性や個性、そしてさまざまな不思議がみられるのです。
  このシリーズでは、ミツバチのさまざまな生態についてお伝えしていく予定です。今回はまず、人にも勝るといわれる高度なミツバチ社会の主役、メス蜂たちの不思議な運命についてご紹介していきましょう。

若さを失わない孤高の女王

 ミツバチの巣は二万~三万匹の働き蜂、二〇〇〇~三〇〇〇匹ほどのオス蜂、そしてたった一匹の女王蜂とで成り立っています。この巣の中の集団を”蜂群”または”コロニー”と呼びます。
 女王蜂を頂点とするミツバチ社会は、完全な女系社会であり、二万~三万匹いる働き蜂はすべてメス蜂です。
 まず目に付くのは、他のハチよりひときわ体が大きく、大きな腹部を持つ女王蜂。ひとつの巣に一匹しかいない彼女は、生殖器官が発達している代わりに他の器官はほとんど退化して、羽も小さくなっています。その仕事は、ひたすら卵を産み、ひたすらに子孫を残すことといっても誤りではありません。
 産卵期の女王蜂が産む卵は、一日に実に二〇〇〇~三〇〇〇個。これは人間で考えると毎日二五人の子供を生み続けることになります。このエレルギーは、どこからもたらされるのでしょうか。
 女王蜂はローヤルゼリーだけを食べ、これだけのことを成し遂げます。ローヤルゼリーは女王蜂専用の食事として働き蜂たちが作る物質で、女王蜂はローヤルしか食べません。ローヤルゼリ-のもたらす生命力は驚異的です。産卵はもちろん、働き蜂に比べ体重は五倍、寿命も働き蜂がわずか一ヶ月であるのに対し、女王蜂は約三~五年も生きるのです。
 いつまでも若さを失わず行き続ける孤高の女王。その名の通り、彼女はメス蜂であり、英語名でもまさに「QUEEN」と称されます。

女系社会に隠されたドラマ

 この女王蜂と同じメス蜂でありながら、ふとした運命のいたずら(?)から、まったく別の人生を歩むのが「働き蜂」です。  彼女たちの働きは献身的で健気なものです。サナギから羽化したばかりの頃から、実にさまざまな仕事をこなし、大切な巣を守り続けるのです。若いうちは巣の掃除から始まり、やがて幼虫の世話、巣の修繕や拡張、さらには門番も。また変温動物であるミツバチにとって大切な巣の温度管理も彼女たちの役目。羽をふるわせエアコン係も務めるというわけです。
 これだけではありません。こうして経験を積んだキャリアウーマンたちは内勤の時期を過ぎ、蜜と花粉を集めるために外回りに飛びまわる外勤蜂になります。おなかにはたっぷり蜜を詰め、足には重い花粉団子を下げて巣に帰ってきたかと思えば、内勤のハチにそれらを渡して、また飛び立っていくのです。
 英語名で「WORKER」と称されるほど働き者のまさに働き蜂。「何で私たちだけが……」なんて思うことはないので しょうか。 ――はじめは同じメス蜂になる卵だったのに、王台と呼ばれる特別な産室に産み落とされ、ローヤルゼリーを与え続けられ女王蜂になっていった彼女。一方、巣の中の普通の産室に生まれ、ローヤルゼリーも生後三日間だけしか与えられなかった私――。
 この違いが、彼女たちのその後の運命を大きく分けているのです。もし、こんなことを考えていたとしても、一ヵ月後、働きづめだったのその一生には無情にも終わりがきてしまうのです。  一心に巣を守り、種を保存するために卵を産み続ける女王蜂を守り抜く一生。女王蜂のいないハチの巣はあり得ません。ミツバチ社会には、こんな”女性”たちのドラマが隠されているのです。

さて、ここまで読んで「オス蜂がいなければ、どうやって子孫繁栄していくのだろう?」と思われた方もいらっしゃること でしょう。
 ご安心下さい。次回では、これらの女性陣(?)とはあまりに対照的なオス蜂たちの生活ぶり、そして”結婚、さもなくば死”という女王蜂との交尾についてご紹介していきます。