ミツバチにまつわるお話

第2回 子孫繁栄のためだけに生きるオス蜂の宿命

なぜオスとメスに分かれたのか

 「男と女はなぜ愛し合うのか」は永遠の難題かもしれませんが、「生き物にはなぜ男と女、オスとメスがいるか」については、ある程度の説明ができそうです。
現代の生物学が解説するところによれば――。
  人間やミツバチも含めて、多くの生物はオスとメスの2種類の性を持っています。もちろん、40億年も前に地球上に生物が誕生したときはオスもメスもなくて、自分一人でどんどん分裂して増えていきました。今でも、バクテリアなどの無性生殖の生き物は性を介さずに、自らのコピーを増やして子孫を残しています。
  しかし、無性生殖だと、生まれてくる子どもは親とまったく同じ性質を持っていますから、自分より強い敵が登場したり、病原菌が現れたりしたとき、いくら仲間が何十億いたとしても、一度弱点が見つかればたちまち全滅の憂き目にあうかもしれません。   それだったら、別々の情報を持った遺伝子を混ぜ合わせちゃおう、というのが有性生殖のご先祖たちの戦略です。いろんな特徴を持った子どもをたくさん作れば、新しい能力を持つようになるかもしれないし、外敵にも強くなるに違いない・・・・・・と、オスとメスが登場したというわけなのです。
  実は、種の保存のためのこのような仕組みを、最大限に“活用”しているのがミツバチです。なにしろミツバチのオスは、自分の遺伝子を女王蜂に宿すためだけに生まれてくるのですから――。
  人間の場合、出会うチャンスを増やす配慮からか、男女はだいたい半数ずつ生まれるようになっています。では、ミツバチの社会はというと、オスは少数派も少数派、一つの巣に数万匹ものメスがいる中で、多いときでも数百匹にすぎず、それも春から夏の限られた時期だけにしか存在しません。数万匹の中の数百匹なら、さぞや酒池肉林でモテモテだろうと思ったら、さにあらず。過酷な生き方を課せられるのがオス蜂たちです。

オス蜂に父親はいない

 そもそもミツバチのオスは、生まれ方からして変わっています。ミツバチ社会の中で、子どもを産むのは唯一、女王蜂の仕事ですが、彼女は六角形の巣房に次々と卵を産みつけるとき、自らの卵子に体内に貯蔵していた精子を受精させて受精卵を、精子を使わずに未受精卵をと、産み分けを行っています。受精卵から生まれるのはメスで、未受精卵からはオスが生まれます。つまり、オスには父親はおらず、母親しかいないことになります。
  生まれてきたオス蜂は働き蜂と同様、幼虫になってからの3日間はローヤルゼリーを、4日目からは花粉やハチミツを与えられて育ちます。やがて羽化したオス蜂は、働くでもなく、ただブラブラしています。まるで居候かスネっかじりの息子のようなオス蜂を、働き蜂は叱りつけるどころか、せっせと食べ物を与えます。
  そもそも、オス蜂は怠け者というより働くすべを知らず、自力で食べることもできないので、働き蜂から口移しで食べ物をもらいます。では、オスの存在意義とは何かといえば、唯一、女王蜂と交尾することです。それだけのために彼らは生を受けたのであり、したがって繁殖期だけの命なのです。
  ただし、オス蜂は巣の中では決して女王蜂にいい寄ったりしません。どこで交尾するのかといえば、真っ昼間の大空で、となります。
  よく、「女王蜂が交尾のため巣から飛び立つと、そのあとを同じ巣にいるオス蜂がいっせいに追いかけ、もっとも早く追いついたオス蜂がめでたく女王蜂と添い遂げる」といわれたりしますが、これは事実ではありません。オスとメスに分けただけでなく、ミツバチ社会は実に巧妙に近親交配を避け、優性遺伝の仕組みを作ったもので、女王蜂が出会うオス蜂とは、自分の巣ではない別の巣のオスとであり、そのためにこそ“空中結婚”が行われるのです。

壮絶な“空中結婚”のワケ

 女王蜂は羽化後1週間ほどして交尾期を迎えます。この時期になると晴れた日の午後、オス蜂は待ってましたとばかりに、勢いよく巣の外に飛び立っていきます。一つの巣からだけでなく、付近の巣からもたくさんのオス蜂が飛んできて、1ヵ所に集まります。場所はだいたい決まっていて、地上10~40メートル、直径50~200メートルの空間で、毎日たくさんのオス蜂が集まってくることが観察されています。
  そこへ、巣から出た女王蜂がやってきます。すると、オス蜂は死に物狂いで花嫁を追いかけます。つまり、オス蜂を1ヵ所に集め、ヨーイドンで競走させるわけで、飛ぶ力が強く、もっともたくましいオス蜂のみが、花婿の資格を得るのです。
  “空中結婚”はすさまじいの一言。花嫁に追いすがったオス蜂は空中でアタックを開始します。うまく女王蜂と交尾に成功し、思いっきり精子を放出すると、その途端、オス蜂の性器は引きちぎられ、ショック死して落ちていきます。まさに“命がけの恋”です。
  このとき女王蜂は、選び抜かれたった一匹とではなく、複数のオス蜂と交わることがわかっています。つまり、“群婚”というわけですね。実験結果によると、新婚旅行から帰ってきた女王蜂の輸卵管で発見された精子の数から推計して、1回の“空中結婚”で7~8匹のオスと交わっていることが報告されています。
  なぜ何匹ものオスと交わるかといえば、もちろん女王蜂が“多情な女”というわけではなく、これもひとえに子孫繁栄のため。なるべくたくさんの異なる遺伝子を体内に受け、外敵や伝染病にも、環境の変化にも負けない強い子孫を残そうとする、母親としての切なる願いからにほかなりません。“新婚旅行”から帰った女王蜂は未亡人ならぬ“未亡蜂”となり、一生を過ごします。一度の結婚飛行で蓄えた精子を小出しにしながら、生涯にわたって卵を産み続けるわけです。
  女王蜂との恋に破れ、むなしく巣に帰ったオス蜂たちの、その後の運命は悲惨です。女王蜂の結婚相手としてだけ存在価値があるのがオス蜂。たっぷりと精子を蓄えた女王蜂が巣に籠ってしまえば、もはやただの厄介者で、巣の中にいても無駄に食べるだけですから、分業で成り立っているミツバチ社会では、もはや彼らの存在を許すわけにはいきません。
  働き蜂はオス蜂を追い出しにかかり、かみつき、ひっかき、やがて巣の外へ引き出して追放処分です。そうなるとオス蜂はもはや餓死するしかなく、何とも哀れな運命というほかありません。しかし、そう思うのは人間だけで、ミツバチにとっては種の存続が最大の課題。そのために役割を分担し合い、自分の仕事をきちんとこなしているのですから、用がなくなれば消え去るのみなのでしょう。
ただし、オス蜂は死に絶えても、その分身は女王蜂の体内に生き続けます。女王蜂は溜め込んだ精子を何年にもわたって小出しに用いるので、その間、オスの精子は生き続け、自分の遺伝子を確実に継承していくことになります。これこそ“男の本懐”といえるのではないでしょうか。
  さて次回は、人間以上に秩序ある「社会」を築いているミツバチの、コミュニケーションについてご紹介しましょう。数万匹もいるミツバチたちは巣の中で一体、どんな会話をしているのでしょうか?