ミツバチにまつわるお話

第4回 化学言語“フェロモン”でおしゃべり

「女王物質」は女王蜂の指令

 前回はミツバチのコミュニケーションのうち、蜜源のありかを教える尻振りダンスの話をしましたが、今回は、もう一つの重要なコミュニケーション手段であるフェロモンについてです。人間と違って言葉を持たないミツバチは、仲間との意思疎通のため触覚や嗅覚を利用していて、におい物質であるフェロモンがミツバチの「言葉」になっているのです。
 フェロモンとは、ギリシャ語のフェライン(運ぶ)と英語のホルマン(刺激する)に由来する合成語です。ホルモンの一種ですが、ホルモンが自分の体の中でしか作用しないのに対して、自分と他人(蜂だからほか蜂か?)との間で作用するホルモンがフェロモンです。化学的なにおい物質であり、人間の言葉と同様、情報伝達のための「化学言語」といえるでしょう。
 ミツバチが出す代表的なフェロモンは、女王蜂が出す女王物質です。女王蜂はオス蜂と空中で交尾をしますが、その際、オスを誘惑するにおい物質として発散されるのが、性フェロモンの女王物質です。この女王物質は、女王蜂の大顎のつけ根にある大顎腺から分泌され、成分は「9-オキソデセン酸」と呼ばれるもの。しかも、この女王物質はオスを誘惑するだけでなく、同じメスである働き蜂をも引きつけ、重要な指令を発しています。
 何万匹もいるミツバチ社会の中で、女王蜂はたった一匹。存命中は、自分に代わって女王蜂の座を狙う蜂をつくり出させないため、働き蜂の卵巣の発達を抑制して、女王蜂候補を育てる王台をつくらせないようにし、自分のために働くことだけに専念させる指令です。

リサイクルされるフェロモン

 巣の女王蜂を見ると、必ずといっていいほど10匹前後の働き蜂がとり囲んで、触覚や口で盛んに女王蜂と接触しています。
 これはローヤルコートと呼ばれますが、女王蜂が分泌する女王物質は次第に体表全体に広がっていくので、働き蜂が女王蜂なめれば経口的に体内にとり込まれていきます。働き蜂は、ほかの蜂と食物を口移しで交換するので、やがて女王物質は巣全体に広がっていき、メスである働き蜂はどれ一匹として卵を産む事はできず、女王蜂が巣全体の産みの母として君臨することになります。  しかし、女王物質がいくら蜂同士の口移しで広がっていくとしても、相手は何万匹もいます。女王蜂の体内ではものすごい勢いで女王物質がつくられていることになります。
 といっても、このモーレツな代謝力にはちょっとした仕掛けがあります。女王物質は働き蜂の体内に入ると、72時間以内に不活性なものに変わってしまいます。不活性物資となった女王物質は働き蜂の体内で代謝分解され、ローヤルゼリーと一緒に女王蜂に戻され、女王蜂の体内で再び活性化された女王物質に変換されます。つまり、女王物質のリサイクルが行われているのです。

最後のダイイングメッセージ

 働き蜂同士もフェロモンで会話しています。たとえば、巣の中の幼虫が増えると、育児係の働き蜂はそれまで以上に熱心に働くようになります。これは、幼虫の体表から蜂児フェロモン(グリセリンにオイレン酸とパルミチン酸が結合したもの)が分泌されるためで、「おなかがすいたよ~!」と泣くかわりに、フェロモンが働き蜂に育児を促します。
 また、働き蜂は羽化してからしばらくは巣の中で働き、経験を積んだ上でハチミツや花粉を集める外の仕事につきますが、いよいよハチミツ集めに出かける日が近づくと、まずは外に出る訓練から始まります。訓練を終えて、勇んでハチミツ集めに出かけていくと、帰ってくるころにはベテランの蜂が巣の入り口で待ち構え、おなかのあたりから盛んにフェロモンを出します。これは集合フェロモンと呼ばれるもので、若い働き蜂が迷子にならないよう、巣の入り口を教えているのです。
 敵と遭遇したときに出すのが攻撃フェロモンです。ミツバチの毒針は、一度刺すと抜けなくなり、針が根元からちぎれ、刺した蜂は死んでしまいます。このとき、イソアミルアセテートを主成分とする分泌腺が針とともに残り、バナナの様なにおいを発散させます。このにおいがまわりの蜂を刺激し、蜂たちは一斉に飛んできて相手を攻撃します。
 ミツバチは、巣の中で死ぬときもフェロモンを出します。「もう自分はダメ」というとき、オイレン酸からなるフェロモンを放出しますが、これは自分を巣の外に出すよう仲間に伝えるダイイングメッセージ。
 ミツバチはとても清潔好きで、巣の中は常に清潔・無菌で保たれています。仲間が死んでも、その屍骸を巣の外に運び出します。巣を守るため、自分の処理を遺言として残すのがミツバチです。何と健気な一生なのでしょう。