ミツバチにまつわるお話

第7回 女王蜂はみんなの共通のお母さん

昔は「キング」だった女王蜂

 前回は働き蜂の“女の一生”を紹介しましたので、今回は女王蜂についてお話しします。果たして女王蜂は本当に女王なのか、ということです。
 女王は英語でクイーンです。ところが、かつて女王蜂はキングと呼ばれ、オスだと信じられていました。
 今から2400年ほど前、古代ギリシャの哲学者アリストテレスはミツバチの研究家でもあり、『動物学』という著書で、やはり女王蜂を蜂王(キング)と呼んでいます。ただし、アリストテレスのすごいところは、早くもローヤルゼリーを知っていたことで、こう述べています。
「蜂王の幼虫は、濃厚な蜂蜜に似た淡黄色のやわらかなもので、このものから蛆が生まれれば、蜂王も生まれる」(『動物学』第5編)
「濃厚な蜂蜜に似た淡黄色のやわらかなもの」とはすなわちローヤルゼリーのこと。ローヤルゼリーがそのまま蜂王になると信じていたようなのですが、顕微鏡のない時代に、アリストテレスがそう思うのも無理からぬことで、むしろ彼の観察眼はさすがというべきです。
 というのも、幼虫は最初は目に見えないほど小さく、たっぷりと王台に満たされたローヤルゼリーに溶け込み、まるで浮いているような状態になっています。それでローヤルゼリーが蜂王、つまり女王蜂になる、と思ったのでしょう。

昆虫の中でも例外的に長生き

 時代は下って、シェークスピアも作品の中でミツバチをたびたび取り上げています。やはり、女王蜂がメスであるとは知らなかったようで、「王(キング)」と呼んでいます。たとえば『ヘンリー五世』の第1幕第2場のセリフ。
「あるものは兵士のように針で武装して、夏のビロウドのようなツボミを襲って陽気なマーチを奏しつつ、その戦利品を王の本陣に持ち帰ります」
 オスと信じられた女王蜂が、実はメスだとわかったのは1609年のこと。イギリスのチャールズ・バトラーが女王蜂はメスであることを突き止めました。
 長い間、オスと錯覚されたのには理由があります。まず体の大きさです。同じメスなのに女王蜂は働き蜂より倍も大きく、体重は3~4倍もあります。
 はなはだしいのは寿命の差で、働き蜂がわずか1ヶ月しか生きられないのに女王蜂はその50倍以上、3~5年も長生きします。一般に短命なのが昆虫なのに、これは例外的なことで、同じハチの仲間であるスズメバチでも、女王蜂は1年ぐらいしか生きられません。
 巣の中をのぞくと、女王蜂を中心に常に7~8匹の働き蜂が放射状に取り囲んでいて(これをロイヤルコートという)、まるで王様にかしずいているようです。
 もう一つ、ミツバチの生態を見て人々が驚いたのが、整然とした、秩序ある社会を築いていることでした。それでアリストテレスもシェークスピアも、何万といるミツバチが協力してあって生活しているのは、立派な統率者がいるおかげだというわけで、「ハチの王様」と思ったのでしょう。

本当の主権者は働き蜂か?

 では、ミツバチ王国の中で女王蜂は本当に女王なのでしょうか?
 女王というより“お母さん”といったほうが正しいようです。たしかにロイヤルコートの真ん中にいて、群れの中に君臨しているように見える女王蜂ですが、その仕事はというと、毎日毎日、卵を産み続けること。そこで口の悪い人はこういうのです。
 ミツバチ王国の本当の主権者は働き蜂。女王蜂は“雇われマダム”で、産卵専門バチにすぎないじゃないか――。
 たしかに、女王蜂の産卵能力は一昼夜に1500~2000個にも達するほど。そのかわり、ほかの機能はことごとく退化していて、花粉を集めたり、巣を作ったりする能力はありません。一方の働き蜂はというと、産卵能力はないかわりに、ほかの機能は全て備えています。
 女王蜂にとって唯一の栄養源であるローヤルゼリーを分泌するのは働き蜂であり、口移しでローヤルゼリーをもらわなければ、女王蜂は死ぬしかありません。その意味で、女王蜂を生かし、卵を産ませるよう仕向けているのは、働き蜂です。
 しかし、女王蜂は、そんな働き蜂の母でもあります。巣の中で女王蜂はたった一匹。ということは、全員の母親が女王蜂であり、働き蜂もオス蜂もみな兄弟姉妹です。すべての生命の源が母であるなら、やはり女王蜂は偉大な存在といえるでしょう。