ミツバチにまつわるお話

第8回 ミツバチ王国のシンデレラ物語

君臨する女王蜂はただ一匹

 どこの国でも王国に君臨する王様あるいは女王様は一人で、跡継ぎとして皇太子とか王女、あるいは弟・妹君が控えているのが普通です。ミツバチ王国はというと、やはり、たった一匹の女王蜂が数万の蜂とともに暮らしています。ただし、ミツバチ王国に跡継ぎは存在せず、女王蜂しかいません。では、“皇位継承”はどのようになっているのでしょうか。
 そこは社会性昆虫と呼ばれるだけあって、次の女王様を迎える仕組みがちゃんとつくられています。
 ひとつは、ミツバチ王国の人口ならぬ蜂口が満杯になって、王国を2つに分けるときです。これを「巣分かれ」とか「分封(分蜂)」とか言いますが、新しい女王蜂に巣を譲るため、古い女王蜂は半数ほどの蜂を引き連れて、新天地へと引っ越していきます。
 引っ越す前に、働き蜂が作った数個から十数個の王代(新女王蜂候補を育てる特別産室)に、古い女王蜂は卵を産みつけ、去っていきます。
 やがて、王台からサナギが羽化します。最初に羽化するかどうかが運命の分かれ目。最初に羽化した蜂は、ほかの王台を見つけては壊し、生まれてくる妹の女王蜂候補を次々に殺してしまい、晴れてたった一匹の女王蜂となります。
 中には“無益な殺生は嫌い”という女王蜂候補もいて、せっかく最初に羽化したのに、妹との対決を避けて、自分から“分家”するケースもあります。いずれにしろ、巣分れは、種族保存のための大切なイベントです。

女王様失踪事件が発生!

 もうひとつ、よんどころない緊急事態があります。事故で女王様がいなくなったり、死んだりしたときです。このとき誕生するのが“蜂のシンデレラ”です。
 冒頭にも述べたとおり、ミツバチの巣に女王蜂は一匹しかいません。もし2匹もいたら「女王様は一匹で十分よ」というわけで、たちまち壮絶な決闘が始まってしまいます。そのために女王蜂のお尻にはちゃんと必殺の毒針が用意されています。したがって、女王蜂が健在のときは王台もつくられず、次代の女王になるべき幼虫も存在していまん。
 それなのに、元気だったはずの女王が突如としていなくなったりしたら、それこそ“蜂の巣を突ついた”状態となり、大騒ぎとなります。
 働き蜂たちは急いで、いなくなった女王蜂が産んだ孵化後3日目までの幼虫を探します。当然、王台はないので、もともと働き蜂用だった六角形の巣房を食い破って急造の王台をつくり、幼虫にローヤルゼリーをたっぷりと与えます。
 女王の身に何事も起こらず、自然につくられる王台を自然王台と呼ぶのに対して、このように緊急事態につくられる王台を変成王台と呼びます。
 ミツバチ王国では、“氏より育ち”メスとして生まれた同じ卵でも、幼虫の期間ずっとローヤルゼリーを食べ続けると女王蜂になり、最初の3日間だけローヤルゼリーで、その後はハチミツと花粉で育てられると、働き蜂になります。
 女王蜂が健在のときは、すべての幼虫はみんな働き蜂になるのですが、急きょ女王蜂候補に仕立てられた幼虫に、ハチミツや花粉ではなくローヤルゼリーを与え続けます。すると幼虫はやがてたくましく成長し、新女王となります。まさにミツバチ王国のシンデレラ物語です。

蜜蜂の習性を利用し大量生産

 実は、このようなミツバチの習性を巧みに利用したのがローヤルゼリー大量生産の技術です。
 もともと自然の状態では、女王蜂は一匹いればいいのですから、その候補となる幼虫も数匹いれば十分。つくられる王台もわずかでしかありません。これでは、多くの人々にローヤルゼリーを届けることはできません。そこで、巣箱から女王蜂を取り除いて、「女王様失踪」の緊急事態を作り出してみたらどうか――。それだけでなく、人工の王台をたくさんつくり、その中に幼虫をいれてみたらどうか――。
 悲しいかな、自然そのものの無垢なミツバチたちは、人間どものそんな企みに少しも疑いを抱きません。
「大変、女王様がいないわ!」「あら?いい塩梅に王台がある。しかも中に幼虫がいるわよ!」というわけで、働き蜂たちはせっせとローヤルゼリーを吐き出し、それでローヤルゼリーの大量生産が可能となりました。
 といっても、人間の手が加わるのは人工王台をつくるまでで、分泌されるローヤルゼリーは天然そのものです。