ミツバチにまつわるお話

第9回 働き蜂が母性本能に目覚めるとき

女王蜂の不在が続くと・・・

 前回は、ミツバチの巣に女王蜂がいなくなった緊急事態のとき、働き蜂になる運命だった幼虫が、王位継承者となる蜂のシンデレラ物語を紹介しました。
 では、それでも女王蜂候補の幼虫が死んでしまうとか、いくらやっても王位継承者が誕生せず、女王蜂不在が続いたとしたら、ミツバチ王国はどうなってしまうのでしょう?
 王国の母親はただ一匹の女王蜂です。その母親がいなくては子どもは生まれず、このままでは、やがて王国は滅亡してしまいます。
 この緊急事態に目覚めてくるのが働き蜂の“女”の部分です。
 そもそも働き蜂はメスです。卵巣もあれば、産卵管もあります。ただし、女王蜂が健在のときは、働き蜂の卵巣は退化していて、細い糸のようになってしまい、まったく役に立ちません。ところが、いつまでも女王蜂不在が続くと、突如として母性に目覚め、糸のようだった卵巣が発達して、ぷっくりとしてきます。
 もちろん、本物の女王蜂の見事な卵巣には比ぶべくもありません。それでも赤ちゃんが産めるまでには発達するのです。

生まれてくるのはオスばかり

 連載第4回の「フェロモン」のところでも述べましたが、女王蜂が存命中は、働き蜂の卵巣の発達を抑制する性フェロモン(女王物質)を女王蜂が分泌するため、これに触れたりなめたりした働き蜂は母性に目覚めることもなく、女王蜂候補をつくろうともしません。この事実はすでに1954年、イギリスのバトラーという学者によって発見されています。ミツバチの研究は相当古くから盛んなんですね。
 ところが、女王蜂がいなくなれば、いわば薬の切れた状態となります。
 少子高齢化に悩む人間社会と違って、“子どもは多いほどいい”のがミツバチ社会。避妊薬の“ピル”のような役目をしていた女王物質による規制がなくなると、働き蜂たちは“産卵働き蜂”となり、子づくりに励むようになるのです。
 しかし、悲しいかな働き蜂はオス蜂と交尾をしていません。
 ミツバチには特有の性決定システムがあります。女王蜂が自らの卵子と、体内に蓄えていた精子を受精させて受精卵を産むとメス蜂になるし、精子を使わずに未受精卵を産むとオス蜂が誕生します。
 体内に蓄えていた精子は、女王蜂になったばかりのときにたった一度“結婚飛行”でオス蜂と交尾したときのもの。ところが、働き蜂にはその経験がないで、処女のままです。すると、いくら卵を産んでもすべて未受精卵で、生まれてくるのはオスばかり。  そうなってくると、何万もいたミツバチ王国は、遠からず全滅の憂き目にあうことになってしまいます。
 だったら巣の中にいるオス蜂と交尾すればいいのに、と思うかもしれませんが、巣の中ではミツバチは交尾しません。なぜなら、巣の中の蜂はオスもメスも同じ一匹の女王蜂から生まれたきょうだいです。ミツバチは、近親交配が種族の絶滅を招くのを知っているため、巣の中では決して“その気”にならないのです。
 また、空中で他族のオス蜂と交尾するときも、女王蜂が分泌する女王物質がオスを誘惑するフェロモンの役割を果たします。働き蜂は女王物質を分泌しないので、かりに空中に飛び出していったとしてもオス蜂は寄ってこず、結局のところ処女のままいるしかありません。

超栄養食を食べるワケ

 となると、ミツバチ王国が全滅しないためには、女王蜂にいつまでも元気でいてもらわなくては困ります。それで女王蜂は、生まれたときからローヤルゼリーという特別食を与えられているのです。
 人間に対するローヤルゼリーの作用としては、抗がん作用や成長促進作用、延命効果、抗菌作用など、さまざまな作用がいわれていますが、当然のことながら、これらの作用は本来、女王蜂に対してのものです。いわば自然の抗生物質入りの超栄養食、不老長寿の薬膳食を義務就づけられているのが、ミツバチ王国の女王蜂というわけなのです。
 ハチミツが抗菌活性に優れているのも、ミツバチ社会を守るため。ハチミツを食べる働き蜂が病気になっては困るし、ローヤルゼリーをつくれなくなればそれこそ大変だからです。
 このように、常に健康食を食べているのがミツバチ王国です。その恩恵に浴しているのが、私たち人間だといえるでしょう。