ミツバチにまつわるお話

ミツバチにまつわるお話

第11回 ようこそ!ミツバチワンダーランドへ

ミツバチの種類とミツバチの家畜化

 ミツバチ(Apis spp.)は,節足動物門(Arthropoda),昆虫綱(Insecta) ,膜翅目(Hymenoptera),ミツバチ科(Apidae),ミツバチ属(Apis)に属する昆虫群のことでありますが、ミツバチの起源は大変古く、その祖先が地球上に現れたのは約1億5千万年前といわれます。そして、現在のミツバチは今から5千万年前にすでに進化を終えているとされています。蜂の仲間は、肉食系、草食系を合わせると地球上に20万種を越えておりますが、そのうち花の蜜や花粉を集め、蜂蜜と花粉を餌として生きている草食系の蜂を花蜂、あるいはミツバチと呼んでいます。このミツバチ(花蜂)の仲間として、現在までに知られているのはわずかに9種類であります。 これらミツバチのなかで、養蜂として家畜化された種類はわずか2種類で、洋蜂と称される西洋ミツバチ(Apis mellifera)と、東洋一亜種と呼ばれる東洋ミツバチ(A. indica)です。なかでも世界各地で最も多く飼育されているのは西洋種であり,単にミツバチと言えば本種と考えて良いでしょう。また,西洋種内の品種として,イタリア品種,アメリカ品種,カーニオラン品種,コーカシア品種などが知られていますが,イタリア品種とアメリカ品種を交配させたアメリカイタリア品種が家畜化されています。一方、東洋ミツバチは、アジア一帯に生息するミツバチの種類で、日本にも大昔から生息していて日本蜂と呼ばれていますが、中国では中華蜂と言われます。他のミツバチを家畜化することができなかった理由には、花蜜を集める集蜜性が悪いことや、洞窟や土中に営巣するために巣箱を利用する養蜂に不向きであったことなどがあげられます。 現在、世界中で家畜として一般に飼育されているのは西洋種のアメリカイタリア品種ですが、日本においては古来(大和時代)から在来種の日本蜂を用いた養蜂が行われていました。当時、蜂蜜などは量的にも少ない貴重な薬という扱いでありました。その後、日本で西洋蜂を用いた近代養蜂が行われるようになったのは明治12年頃からで、大量の蜂蜜、ローヤルゼリーなどを生産するための本格的養蜂産業として普及が進みましたが、一部山間地では古来の東洋種を用いた養蜂が現在も行われています。

東洋蜂と西洋蜂の違い

 現在、養蜂に利用されているミツバチは、西洋蜂と東洋蜂の2種類ですが、これらの種類には各々次のような特徴があります。 まず、外界で飛翔できる気温ですが、西洋蜂は気温が11℃以上ないと活発に体が動かず、巣外に飛翔することができません。これに対して、東洋蜂は低温に強く、7℃程度のかなり寒い気温でも飛翔し、花蜜を集めてくることができます。  その一方で、西洋蜂は集蜜性(蜜集め)の高い種類です。花からの流蜜が多い蜜源を選んで効率的に集蜜しようとするため、巣箱の近くに花が咲いていても流蜜が少ない場合には、それらを飛び越えて流蜜の多い花を目指して時には4,5キロ先まで飛んで行き、花蜜と花粉を集めてくることができます。このため、西洋蜂からは同じ種類の花から蜜を集めてくる単一蜜を採ることができます。蜂蜜は、蜜源となる花によって、その香りや味わいが異なるため、単一蜜は蜂蜜としての価値が高まります。この集蜜性の高さから、花の咲いている期間が長い時期には満杯となった蜜の貯蔵房から幾度となく採蜜をすることも可能です。 これに対して、東洋蜂は流蜜の多少に関係なく、どの花にも蜜を集めに行くため、単一蜜を採るには不向きです。しかし、東洋蜂ではたくさんの蜜を集める習性をもたないために採蜜は年に1~2回程度しかできない反面、巣房内に貯蔵される期間が長いので蜂蜜の完熟度が極めて高いという特徴があります。たとえば、西洋蜂では蜜の貯蔵房からの蜜集めは、巣板を遠心分離器にかけて回し、軽く遠心力をかけるだけで貯蔵房から飛び出してくる蜜を集められるのに対して、東洋蜂の集めた蜂蜜は貯蔵房を布に巻いて蝋でできた巣を潰し、強く絞って蜜を取る方法が一般的です。  次に、ミツバチの病気に対する抵抗性ですが、ミツバチの感染症として良く知られる病気にアメリカ腐蛆病、チョーク病、ノゼマ病などがあります。それ以外にもウイルスが原因の感染症や、感染症ではありませんが低温が原因となる病気、ある植物(Cyrilla racemiflora)の花蜜や花粉が原因となる病気、ミツバチヘギイタダニ(Varroa jacobsoni)の寄生による病気なども重要であります。これらの病気に対する抵抗性では、西洋蜂にくらべて東洋蜂が至って強く、東洋蜂が被害を受けることは稀です。しかし、西洋蜂では、蜂群全体がこれらの病気によって全滅させられることも珍しくありません。特に最近はミツバチの耐病性が一段と低下する傾向にあり、これらの予防のために抗生物質が無原則的にかつ不必要に多用されることによって抗生物質による蜂蜜汚染問題が深刻になっているのです。  そのほか、西洋蜂と東洋蜂の大きな差として、西洋蜂には盗蜜性があるが、東洋蜂にはないことがあげられます。東洋蜂は、西洋蜂に貯蜜を盗られると巣を放棄してしまうことがあります。また、西洋蜂は天気が悪い日や餌が不足していたりすると、しばしば人を刺すことがありますが、東洋蜂では人を刺すようなことは滅多にありません。  このように、養蜂においては西洋蜂にくらべて東洋蜂のほうが手間や扱いが楽ですが、集蜜性が乏しいことが養蜂産業としては一番のネックとなっているのです。 (次回はミツバチ社会の不思議について紹介いたします)


第10回 世界中のミツバチはわずか9種類

最大勢力のセイヨウミツバチ

 地球上の生き物で最も繁栄を謳歌しているのが昆虫です。何しろ昆虫は約80万種類も生息していて、動物全体に占める割合は実に70%に及んでいます。このうちミツバチは、ハチ目(膜翅目)ミツバチ科ミツバチ属に属して、世界中に分布を広げています。さぞやたくさんの種類がいると思うかもしてれませんが、独立の種として認められているミツバチは、世界中でわずかに9種類です。
 ミツバチと同じように花蜜や花粉を集めるハナバチの一種であるマルハナバチは約250種以上も確認されているのに、大変な少なさです。
 ハナバチの多くが単独生活をしながら花粉や密を採集しているのに対して、数万の蜂群によって整然とした集団生活を営み、社会性昆虫と呼ばれているのがミツバチです。昆虫界の進化の頂点に立っているだけに、その種類も限られたものとなっているのでしょう。
 9種類のうち、最大勢力がセイヨウミツバチです。養蜂に適しているというので世界中で飼育されていますが、もともとはヨーロッパからアフリカ、中近東にかけて分布していて、24種類の亜種があります。代表的なのはヨーロッパ北部原産のクロバチ、イタリア原産のイタリアン種、オーストラリアアルプス南部とユーゴスラビア原産のカーニオラン種、中央コーカサス地方原産のコーカシアン種です。中でも、性格が温和で、蜜を集める能力が高くて多収が見込めるイタリアン種は、世界の各地で飼育され、養蜂の主役となっています。
 残りの8種類はすべてアジアに分布しています。
 トウヨウミツバチは広くアジア各地に生息し、4種の亜種があります。本州以南の日本各地に生息しているニホンミツバチは、トウヨウミツバチの1亜種。日本には野生種であるニホンミツバチと、1877年に養蜂用に導入されたセイヨウミツバチ(イタリアン種)の2種類のミツバチが飛び交っています。
 このほか、アジア原産のミツバチとしては、従来、オオミツバチ、コミツバチが知られていました。しかし、1980年にヒマラヤオオミツバチ、87年にクロコミツバチ、90年にサバミツバチ、96年にクロオビミツバチ、キナバルヤマミツバチが新しい種として加わり、アジア原産のミツバチは8となり、セイヨウミツバチを加えて9種類となっています。

キラービー(殺人蜂)の悲劇

 意外なことに、南北アメリカにはもともとミツバチはいませんでした。
 養蜂のためヨーロッパから輸入されたのがセイヨウミツバチです。そのセイヨウミツバチが、アメリカ大陸の南と北で次々と事件を起こしています。
 まずはブラジルで起こったミツバチの逃亡事件です。
 ブラジルの養蜂は、ヨーロッパから導入したセイヨウミツバチのイタリアン種を中心に行われていたのですが、熱帯の気候に適さないのか、思ったほど蜜を集めませんでした。品種改良をしようというので1950年代に、新たに導入されたのがセイヨウミツバチのアフリカ系野生種(アフリカミツバチ)です。
 ところが、このアフリカミツバチは、蜜集めは熱心ではあるけれど、とても凶暴なハチでした。研究用に飼っていた26匹の女王ハチが逃げ出し、巣分れを起こしました。自由を得たアフリカミツバチはイタリアン種と交雑して勢力を拡大(イタリアン種との交雑種はアフリカ化ミツバチと呼ばれる)、やがて家畜や人間を次々と刺すようになりました。「キラービー(殺人ミツバチ)事件」というので、日本でもマスコミで大々的に取り上げられたし、映画にもなりました。
 狂暴化したアフリカミツバチは、やがてブラジル全土に広がっていき、さらに南アメリカ全域から、北アメリカにまで勢力を広げていきました。現在も分布を拡大中ということです。
 なぜキラービーになってしまったのか。アフリカミツバチは巣を守る防衛本能が強く、ちょっとした刺激にも反応してやたらと刺す性質をもっていて、攻撃性の強い蜂です。それがイタリアン種と交雑し、これまでアフリカミツバチが生息していなかった地域の環境条件とも合わせて、余計に凶暴性を持つようになったのではないか、というのが専門家の見方です。本来、棲むところとは違う場所につれてこられて、キラービーに変身してしまったとしたら、人間の身勝手が生み出した悲劇とはいえないでしょうか。  そして、今、問題になっているのはアメリカでのミツバチの集団失踪。これについては次回に。


第9回 働き蜂が母性本能に目覚めるとき

女王蜂の不在が続くと・・・

 前回は、ミツバチの巣に女王蜂がいなくなった緊急事態のとき、働き蜂になる運命だった幼虫が、王位継承者となる蜂のシンデレラ物語を紹介しました。
 では、それでも女王蜂候補の幼虫が死んでしまうとか、いくらやっても王位継承者が誕生せず、女王蜂不在が続いたとしたら、ミツバチ王国はどうなってしまうのでしょう?
 王国の母親はただ一匹の女王蜂です。その母親がいなくては子どもは生まれず、このままでは、やがて王国は滅亡してしまいます。
 この緊急事態に目覚めてくるのが働き蜂の“女”の部分です。
 そもそも働き蜂はメスです。卵巣もあれば、産卵管もあります。ただし、女王蜂が健在のときは、働き蜂の卵巣は退化していて、細い糸のようになってしまい、まったく役に立ちません。ところが、いつまでも女王蜂不在が続くと、突如として母性に目覚め、糸のようだった卵巣が発達して、ぷっくりとしてきます。
 もちろん、本物の女王蜂の見事な卵巣には比ぶべくもありません。それでも赤ちゃんが産めるまでには発達するのです。

生まれてくるのはオスばかり

 連載第4回の「フェロモン」のところでも述べましたが、女王蜂が存命中は、働き蜂の卵巣の発達を抑制する性フェロモン(女王物質)を女王蜂が分泌するため、これに触れたりなめたりした働き蜂は母性に目覚めることもなく、女王蜂候補をつくろうともしません。この事実はすでに1954年、イギリスのバトラーという学者によって発見されています。ミツバチの研究は相当古くから盛んなんですね。
 ところが、女王蜂がいなくなれば、いわば薬の切れた状態となります。
 少子高齢化に悩む人間社会と違って、“子どもは多いほどいい”のがミツバチ社会。避妊薬の“ピル”のような役目をしていた女王物質による規制がなくなると、働き蜂たちは“産卵働き蜂”となり、子づくりに励むようになるのです。
 しかし、悲しいかな働き蜂はオス蜂と交尾をしていません。
 ミツバチには特有の性決定システムがあります。女王蜂が自らの卵子と、体内に蓄えていた精子を受精させて受精卵を産むとメス蜂になるし、精子を使わずに未受精卵を産むとオス蜂が誕生します。
 体内に蓄えていた精子は、女王蜂になったばかりのときにたった一度“結婚飛行”でオス蜂と交尾したときのもの。ところが、働き蜂にはその経験がないで、処女のままです。すると、いくら卵を産んでもすべて未受精卵で、生まれてくるのはオスばかり。  そうなってくると、何万もいたミツバチ王国は、遠からず全滅の憂き目にあうことになってしまいます。
 だったら巣の中にいるオス蜂と交尾すればいいのに、と思うかもしれませんが、巣の中ではミツバチは交尾しません。なぜなら、巣の中の蜂はオスもメスも同じ一匹の女王蜂から生まれたきょうだいです。ミツバチは、近親交配が種族の絶滅を招くのを知っているため、巣の中では決して“その気”にならないのです。
 また、空中で他族のオス蜂と交尾するときも、女王蜂が分泌する女王物質がオスを誘惑するフェロモンの役割を果たします。働き蜂は女王物質を分泌しないので、かりに空中に飛び出していったとしてもオス蜂は寄ってこず、結局のところ処女のままいるしかありません。

超栄養食を食べるワケ

 となると、ミツバチ王国が全滅しないためには、女王蜂にいつまでも元気でいてもらわなくては困ります。それで女王蜂は、生まれたときからローヤルゼリーという特別食を与えられているのです。
 人間に対するローヤルゼリーの作用としては、抗がん作用や成長促進作用、延命効果、抗菌作用など、さまざまな作用がいわれていますが、当然のことながら、これらの作用は本来、女王蜂に対してのものです。いわば自然の抗生物質入りの超栄養食、不老長寿の薬膳食を義務就づけられているのが、ミツバチ王国の女王蜂というわけなのです。
 ハチミツが抗菌活性に優れているのも、ミツバチ社会を守るため。ハチミツを食べる働き蜂が病気になっては困るし、ローヤルゼリーをつくれなくなればそれこそ大変だからです。
 このように、常に健康食を食べているのがミツバチ王国です。その恩恵に浴しているのが、私たち人間だといえるでしょう。


第8回 ミツバチ王国のシンデレラ物語

君臨する女王蜂はただ一匹

 どこの国でも王国に君臨する王様あるいは女王様は一人で、跡継ぎとして皇太子とか王女、あるいは弟・妹君が控えているのが普通です。ミツバチ王国はというと、やはり、たった一匹の女王蜂が数万の蜂とともに暮らしています。ただし、ミツバチ王国に跡継ぎは存在せず、女王蜂しかいません。では、“皇位継承”はどのようになっているのでしょうか。
 そこは社会性昆虫と呼ばれるだけあって、次の女王様を迎える仕組みがちゃんとつくられています。
 ひとつは、ミツバチ王国の人口ならぬ蜂口が満杯になって、王国を2つに分けるときです。これを「巣分かれ」とか「分封(分蜂)」とか言いますが、新しい女王蜂に巣を譲るため、古い女王蜂は半数ほどの蜂を引き連れて、新天地へと引っ越していきます。
 引っ越す前に、働き蜂が作った数個から十数個の王代(新女王蜂候補を育てる特別産室)に、古い女王蜂は卵を産みつけ、去っていきます。
 やがて、王台からサナギが羽化します。最初に羽化するかどうかが運命の分かれ目。最初に羽化した蜂は、ほかの王台を見つけては壊し、生まれてくる妹の女王蜂候補を次々に殺してしまい、晴れてたった一匹の女王蜂となります。
 中には“無益な殺生は嫌い”という女王蜂候補もいて、せっかく最初に羽化したのに、妹との対決を避けて、自分から“分家”するケースもあります。いずれにしろ、巣分れは、種族保存のための大切なイベントです。

女王様失踪事件が発生!

 もうひとつ、よんどころない緊急事態があります。事故で女王様がいなくなったり、死んだりしたときです。このとき誕生するのが“蜂のシンデレラ”です。
 冒頭にも述べたとおり、ミツバチの巣に女王蜂は一匹しかいません。もし2匹もいたら「女王様は一匹で十分よ」というわけで、たちまち壮絶な決闘が始まってしまいます。そのために女王蜂のお尻にはちゃんと必殺の毒針が用意されています。したがって、女王蜂が健在のときは王台もつくられず、次代の女王になるべき幼虫も存在していまん。
 それなのに、元気だったはずの女王が突如としていなくなったりしたら、それこそ“蜂の巣を突ついた”状態となり、大騒ぎとなります。
 働き蜂たちは急いで、いなくなった女王蜂が産んだ孵化後3日目までの幼虫を探します。当然、王台はないので、もともと働き蜂用だった六角形の巣房を食い破って急造の王台をつくり、幼虫にローヤルゼリーをたっぷりと与えます。
 女王の身に何事も起こらず、自然につくられる王台を自然王台と呼ぶのに対して、このように緊急事態につくられる王台を変成王台と呼びます。
 ミツバチ王国では、“氏より育ち”メスとして生まれた同じ卵でも、幼虫の期間ずっとローヤルゼリーを食べ続けると女王蜂になり、最初の3日間だけローヤルゼリーで、その後はハチミツと花粉で育てられると、働き蜂になります。
 女王蜂が健在のときは、すべての幼虫はみんな働き蜂になるのですが、急きょ女王蜂候補に仕立てられた幼虫に、ハチミツや花粉ではなくローヤルゼリーを与え続けます。すると幼虫はやがてたくましく成長し、新女王となります。まさにミツバチ王国のシンデレラ物語です。

蜜蜂の習性を利用し大量生産

 実は、このようなミツバチの習性を巧みに利用したのがローヤルゼリー大量生産の技術です。
 もともと自然の状態では、女王蜂は一匹いればいいのですから、その候補となる幼虫も数匹いれば十分。つくられる王台もわずかでしかありません。これでは、多くの人々にローヤルゼリーを届けることはできません。そこで、巣箱から女王蜂を取り除いて、「女王様失踪」の緊急事態を作り出してみたらどうか――。それだけでなく、人工の王台をたくさんつくり、その中に幼虫をいれてみたらどうか――。
 悲しいかな、自然そのものの無垢なミツバチたちは、人間どものそんな企みに少しも疑いを抱きません。
「大変、女王様がいないわ!」「あら?いい塩梅に王台がある。しかも中に幼虫がいるわよ!」というわけで、働き蜂たちはせっせとローヤルゼリーを吐き出し、それでローヤルゼリーの大量生産が可能となりました。
 といっても、人間の手が加わるのは人工王台をつくるまでで、分泌されるローヤルゼリーは天然そのものです。


第7回 女王蜂はみんなの共通のお母さん

昔は「キング」だった女王蜂

 前回は働き蜂の“女の一生”を紹介しましたので、今回は女王蜂についてお話しします。果たして女王蜂は本当に女王なのか、ということです。
 女王は英語でクイーンです。ところが、かつて女王蜂はキングと呼ばれ、オスだと信じられていました。
 今から2400年ほど前、古代ギリシャの哲学者アリストテレスはミツバチの研究家でもあり、『動物学』という著書で、やはり女王蜂を蜂王(キング)と呼んでいます。ただし、アリストテレスのすごいところは、早くもローヤルゼリーを知っていたことで、こう述べています。
「蜂王の幼虫は、濃厚な蜂蜜に似た淡黄色のやわらかなもので、このものから蛆が生まれれば、蜂王も生まれる」(『動物学』第5編)
「濃厚な蜂蜜に似た淡黄色のやわらかなもの」とはすなわちローヤルゼリーのこと。ローヤルゼリーがそのまま蜂王になると信じていたようなのですが、顕微鏡のない時代に、アリストテレスがそう思うのも無理からぬことで、むしろ彼の観察眼はさすがというべきです。
 というのも、幼虫は最初は目に見えないほど小さく、たっぷりと王台に満たされたローヤルゼリーに溶け込み、まるで浮いているような状態になっています。それでローヤルゼリーが蜂王、つまり女王蜂になる、と思ったのでしょう。

昆虫の中でも例外的に長生き

 時代は下って、シェークスピアも作品の中でミツバチをたびたび取り上げています。やはり、女王蜂がメスであるとは知らなかったようで、「王(キング)」と呼んでいます。たとえば『ヘンリー五世』の第1幕第2場のセリフ。
「あるものは兵士のように針で武装して、夏のビロウドのようなツボミを襲って陽気なマーチを奏しつつ、その戦利品を王の本陣に持ち帰ります」
 オスと信じられた女王蜂が、実はメスだとわかったのは1609年のこと。イギリスのチャールズ・バトラーが女王蜂はメスであることを突き止めました。
 長い間、オスと錯覚されたのには理由があります。まず体の大きさです。同じメスなのに女王蜂は働き蜂より倍も大きく、体重は3~4倍もあります。
 はなはだしいのは寿命の差で、働き蜂がわずか1ヶ月しか生きられないのに女王蜂はその50倍以上、3~5年も長生きします。一般に短命なのが昆虫なのに、これは例外的なことで、同じハチの仲間であるスズメバチでも、女王蜂は1年ぐらいしか生きられません。
 巣の中をのぞくと、女王蜂を中心に常に7~8匹の働き蜂が放射状に取り囲んでいて(これをロイヤルコートという)、まるで王様にかしずいているようです。
 もう一つ、ミツバチの生態を見て人々が驚いたのが、整然とした、秩序ある社会を築いていることでした。それでアリストテレスもシェークスピアも、何万といるミツバチが協力してあって生活しているのは、立派な統率者がいるおかげだというわけで、「ハチの王様」と思ったのでしょう。

本当の主権者は働き蜂か?

 では、ミツバチ王国の中で女王蜂は本当に女王なのでしょうか?
 女王というより“お母さん”といったほうが正しいようです。たしかにロイヤルコートの真ん中にいて、群れの中に君臨しているように見える女王蜂ですが、その仕事はというと、毎日毎日、卵を産み続けること。そこで口の悪い人はこういうのです。
 ミツバチ王国の本当の主権者は働き蜂。女王蜂は“雇われマダム”で、産卵専門バチにすぎないじゃないか――。
 たしかに、女王蜂の産卵能力は一昼夜に1500~2000個にも達するほど。そのかわり、ほかの機能はことごとく退化していて、花粉を集めたり、巣を作ったりする能力はありません。一方の働き蜂はというと、産卵能力はないかわりに、ほかの機能は全て備えています。
 女王蜂にとって唯一の栄養源であるローヤルゼリーを分泌するのは働き蜂であり、口移しでローヤルゼリーをもらわなければ、女王蜂は死ぬしかありません。その意味で、女王蜂を生かし、卵を産ませるよう仕向けているのは、働き蜂です。
 しかし、女王蜂は、そんな働き蜂の母でもあります。巣の中で女王蜂はたった一匹。ということは、全員の母親が女王蜂であり、働き蜂もオス蜂もみな兄弟姉妹です。すべての生命の源が母であるなら、やはり女王蜂は偉大な存在といえるでしょう。


第6回 エアコン完備の快適住宅で暮らす

巣から蜜が流れ出ないワケ

 ミツバチの巣は、六角形の小部屋(巣房)が縦横水平に並んだ形をしています。すると、「水平だと、せっかくためたハチミツがポタポタ流れ出たりしない?」と心配になりませんか?
 ご安心ください。ミツバチの巣を横からの断面で見ればわかりますが、蜜が流れ出るのを防ぐため、入り口が上向きになるようにわずかに角度がつけられています。ミツバチたちはちゃんと、あとあとのことを考えて巣を作っているんですね。
 巣内はエアコン完備で、温度は一定で快適そのもの。といっても、これはミツバチ自身の努力が大ですが・・・。
 哺乳類や鳥類は一年中体温が一定しています。たとえば人間の場合、間脳にある体温調節中枢によって自動的にコントロールされています。
 これに対して、体温調節機能がなく、周囲の温度変化に従って体温も変わるのが変温動物。冬になって体温が低下すると動きが鈍くなって死んでしまったり、冬眠を余儀なくされたりします。ミツバチが属する昆虫類も変温動物ですから、やはり冬は冬眠したり、卵や幼虫となって土の中でジッとしています。

冬も夏も34~35℃を維持

 ミツバチはどうでしょうか。たしかにミツバチも固体としては変温動物なので、外の気温に合わせて体温も上下します。ところが、群れとしてのミツバチは、一年中、巣内の温度を34~35℃に維持しています。つまり、昆虫でありながら、人間と同じように一定温度で生活しているのがミツバチなのです。
 なぜ34~35℃なのかというと、ミツバチの子育てに必要な温度だからで、これより低くても高くても発育不全になってしまいます。そこで発揮されるのがミツバチの“集団パワー”です。
 寒いとき、働き蜂はお尻を盛んに動かし、互いに体をこすり合わせたり、羽を震わせたりして熱を作り出し、巣内の温度を上昇させます。
 ミツバチにとっては夏の暑さも大敵。猛暑の時期になると巣の入り口に並んで、羽を震わせて風を起こし、熱気ムンムンになった巣内の温度を下げます。人力ならぬ蜂力扇風機です。
 おもしろいことに、この旋風行動はニホンミツバチとセイヨウミツバチとではやり方が違います。
 ニホンミツバチは頭を外に向けて羽を震わせます。すると、外の涼しい風が巣の中へと送られていきます。一方、セイヨウミツバチは反対向き、つまり頭を巣の入り口に向けて羽を震わせ、暑くなった巣内の空気を外に追い出そうとします。東西の“文化”の違いは、ミツバチの世界にもあるようです。
 それでも涼しくならないときは、蜜のかわりに胃袋に水を満タンにして持ち帰り、小さな水滴にして吐き出し、羽をせわしなく震わせて風を送り、気化熱によって巣内の温度を下げます。水冷式のエアコンというわけで、こうして夏涼しく冬暖かい環境維持につとめているのです。

ミツロウで作られる金銅仏

 ところで前回、六角形のハニカム構造は、宇宙ロケットなどに役立てられていると述べましたが、ミツバチの巣そのものも、私たち人間が大いに利用していることにも触れておきましょう。
 ミツバチの巣の原料は、ミツバチの体から分泌されるロウ(蝋)、ミツロウです。仏前などに灯すロウソクのロウは、今は石油を原料にしているものが圧倒的ですが、もともとの原料はミツロウでした。
 ロウソクよりもっと多く使われていたのが仏像制作の現場です。銅を溶かして流し込む鋳造という技法で作られ、表面に鍍金を施したものが金銅仏ですが、広く行われている製造法はミツロウを用いたロウ型と呼ばれるものです。
 日本に仏教が伝来したと同時に、最初に日本にもたらされたのたのが、ミツロウを用いて作った「釈迦仏金銅像」といわれています。
 まず、粘土で仏像の形を作ります。その上に、ミツロウを作りたい仏像の厚みだけ塗ります。ミツロウが固まると、細部を彫り込んでいきます。その上に粘土を厚く塗ります。乾燥すると鋳型のできあがり。鋳型を加熱すると、ミツロウが溶けて出てきます。ミツロウが溶け出してあいた隙間に、今度は溶けた金属を流し込みます。金属が冷えたら、鋳型を壊して中の金属を取り出し、丁寧に削ったり磨いたり加工を施せば、美しい仏像の完成です。


第5回 美しい六角形の住まい“ハニカム”

ミツバチは優秀な建築家

 ミツバチがたいへん優秀な建築家だということを知っていましたか? 美しく機能的にも優れた立体建築によって、人間がうらやむような住まい=巣をつくるのがミツバチなのです。
 日本の宇宙開発史上で最も重い5.8トンもの技術試験衛星「きく8号」を乗せたH2Aロケットが昨年の暮れ、鹿児島県の種子島宇宙センターから打ち上げられました。衛星には携帯電話など移動体通信をさらに便利にするためのパラボラアンテナが備えられていて、地球を回る軌道に乗ったところで、折り畳まれていたパラボラアンテナが開かれました。
 この巨大アンテナ、実はミツバチの巣からヒントを得ています。六角形のモジュールが14枚集まって1枚の大きなパラボラアンテナを構成しているのですが、この六角形が集まった形とは、ミツバチの巣にほかなりません。宇宙空間という過酷な環境の中で巨大なアンテナを展開するには、軽くてしかも頑丈で広げやすく、通信アンテナとしての精度も高いものでなくてはいけません。その点でピッタリだったのが、ミツバチの巣というわけです。規則正しく縦横に並んだミツバチの巣を真似た利器は「きく8号」以外にもいくつもあります。
 ミツバチの巣のことを「ハニカム」といいます。六角形の小部屋ひとつひとつが巣房であり、働き蜂はそこにハチミツを貯蔵し、女王蜂は卵を産みつけていくのです。

六角形を選んだ賢さ

 ミツバチが六角形を選んだ理由は簡単です。最小の空間に最もたくさんの、しかも頑丈な巣を作るには、六角形が一番適しているからという、非常に合理的な理由からです。頭がいいはずの人間が思いつかなくて、ローヤルゼリーとミツバチ生産のため一心不乱に働くミツバチがそれを思いつくのですから、賢さとは、単に頭脳が発達していればいいということではないようですね。
 最小の材料で強度の強いものをつくろうとしたら、一番いいのはまんまるの円です。ガソリンや高圧ガスなどを運ぶタンクローリーが丸い形をしているのも、ビールのビンや、トンネルが丸いのも、それが理由です。
 ただし、まんまるの円をたくさん積み重ねていくと、円と円の間に隙間ができてしまいます。このような無駄な空間をなくし、なおかつ円に近いものをつくろうとする場合、材料が最小で、なおかつ隙間が無く、最も強度が強くて安定した構造体となるのは、六角形なのです。
 ミツバチの巣房の壁の厚さは0.07~0.09ミリと超薄型。セイヨウミツバチの場合、一枚の巣板に数千個もの六角形の巣房が整然と並び、数枚の巣板で一つの巣をつくります。ハニカム構造のおかげで、壁が薄くても、巣の重さの30倍ものハチミツを蓄えることができます。

究極の手づくり・天然素材の家

 ミツバチはこれほど見事な立体建築を、定規やコンパスもなしに正確に計測し、美しい幾何学模様を完成させています。
 モノサシとなるのは自分の体、とくに頭の先端から突き出ている2本の触覚です。触覚で巧みに長さを測り、正確な六角形を形づくっているのです。
 ミツバチは自分の体内から分泌される天然素材で巣を作ります。何かというと、ミツロウ(蜜蝋)とかハチロウ(蜂蝋)とか呼ばれるロウ(蝋)です。
 この点はほかの蜂の仲間ともかなり違うところです。たとえばアシナガバチやスズメバチは木の葉や樹木の皮などを集め、唾液で溶かして木製の巣をつくるし、ドロバチやジガバチの巣は、土と唾液を混ぜ合わせたモルタルづくりです。
 ところがミツバチは、自分の体内から吐き出す分泌液で巣を作ります。材料となるロウは、ミツバチの体内に入った花の蜜と花粉が化学変化してできます。ミツバチの腹部にある4対のロウ腺から分泌されたロウを口に入れて、唾液で混ぜ合わせます。こうしてできたミツロウを使い、ミツバチたちは触覚を定規にして計測しながら、あの見事な六角形の巣をつくっていくのです。
 ミツロウは天然の固形ワックスですから、しっかり形を整えるとともに、雨が降っても水をはじいてくれるし、唾液と混ぜ合わせて巣を頑丈にします。
 安全・安心の家づくりのため、あの小さな体から建築材料までも絞り出しているのがミツバチ。最小の材料で最高のものをつくる、優秀な建築家なのです。


第4回 化学言語“フェロモン”でおしゃべり

「女王物質」は女王蜂の指令

 前回はミツバチのコミュニケーションのうち、蜜源のありかを教える尻振りダンスの話をしましたが、今回は、もう一つの重要なコミュニケーション手段であるフェロモンについてです。人間と違って言葉を持たないミツバチは、仲間との意思疎通のため触覚や嗅覚を利用していて、におい物質であるフェロモンがミツバチの「言葉」になっているのです。
 フェロモンとは、ギリシャ語のフェライン(運ぶ)と英語のホルマン(刺激する)に由来する合成語です。ホルモンの一種ですが、ホルモンが自分の体の中でしか作用しないのに対して、自分と他人(蜂だからほか蜂か?)との間で作用するホルモンがフェロモンです。化学的なにおい物質であり、人間の言葉と同様、情報伝達のための「化学言語」といえるでしょう。
 ミツバチが出す代表的なフェロモンは、女王蜂が出す女王物質です。女王蜂はオス蜂と空中で交尾をしますが、その際、オスを誘惑するにおい物質として発散されるのが、性フェロモンの女王物質です。この女王物質は、女王蜂の大顎のつけ根にある大顎腺から分泌され、成分は「9-オキソデセン酸」と呼ばれるもの。しかも、この女王物質はオスを誘惑するだけでなく、同じメスである働き蜂をも引きつけ、重要な指令を発しています。
 何万匹もいるミツバチ社会の中で、女王蜂はたった一匹。存命中は、自分に代わって女王蜂の座を狙う蜂をつくり出させないため、働き蜂の卵巣の発達を抑制して、女王蜂候補を育てる王台をつくらせないようにし、自分のために働くことだけに専念させる指令です。

リサイクルされるフェロモン

 巣の女王蜂を見ると、必ずといっていいほど10匹前後の働き蜂がとり囲んで、触覚や口で盛んに女王蜂と接触しています。
 これはローヤルコートと呼ばれますが、女王蜂が分泌する女王物質は次第に体表全体に広がっていくので、働き蜂が女王蜂なめれば経口的に体内にとり込まれていきます。働き蜂は、ほかの蜂と食物を口移しで交換するので、やがて女王物質は巣全体に広がっていき、メスである働き蜂はどれ一匹として卵を産む事はできず、女王蜂が巣全体の産みの母として君臨することになります。  しかし、女王物質がいくら蜂同士の口移しで広がっていくとしても、相手は何万匹もいます。女王蜂の体内ではものすごい勢いで女王物質がつくられていることになります。
 といっても、このモーレツな代謝力にはちょっとした仕掛けがあります。女王物質は働き蜂の体内に入ると、72時間以内に不活性なものに変わってしまいます。不活性物資となった女王物質は働き蜂の体内で代謝分解され、ローヤルゼリーと一緒に女王蜂に戻され、女王蜂の体内で再び活性化された女王物質に変換されます。つまり、女王物質のリサイクルが行われているのです。

最後のダイイングメッセージ

 働き蜂同士もフェロモンで会話しています。たとえば、巣の中の幼虫が増えると、育児係の働き蜂はそれまで以上に熱心に働くようになります。これは、幼虫の体表から蜂児フェロモン(グリセリンにオイレン酸とパルミチン酸が結合したもの)が分泌されるためで、「おなかがすいたよ~!」と泣くかわりに、フェロモンが働き蜂に育児を促します。
 また、働き蜂は羽化してからしばらくは巣の中で働き、経験を積んだ上でハチミツや花粉を集める外の仕事につきますが、いよいよハチミツ集めに出かける日が近づくと、まずは外に出る訓練から始まります。訓練を終えて、勇んでハチミツ集めに出かけていくと、帰ってくるころにはベテランの蜂が巣の入り口で待ち構え、おなかのあたりから盛んにフェロモンを出します。これは集合フェロモンと呼ばれるもので、若い働き蜂が迷子にならないよう、巣の入り口を教えているのです。
 敵と遭遇したときに出すのが攻撃フェロモンです。ミツバチの毒針は、一度刺すと抜けなくなり、針が根元からちぎれ、刺した蜂は死んでしまいます。このとき、イソアミルアセテートを主成分とする分泌腺が針とともに残り、バナナの様なにおいを発散させます。このにおいがまわりの蜂を刺激し、蜂たちは一斉に飛んできて相手を攻撃します。
 ミツバチは、巣の中で死ぬときもフェロモンを出します。「もう自分はダメ」というとき、オイレン酸からなるフェロモンを放出しますが、これは自分を巣の外に出すよう仲間に伝えるダイイングメッセージ。
 ミツバチはとても清潔好きで、巣の中は常に清潔・無菌で保たれています。仲間が死んでも、その屍骸を巣の外に運び出します。巣を守るため、自分の処理を遺言として残すのがミツバチです。何と健気な一生なのでしょう。


第3回 ダンスを踊ってコミュニケーション

円形ダンスと8の字ダンス

 ミツバチは「社会性昆虫」と呼ばれるように、互いの仕事を分担し合い、規則正しい集団生活を営む一つの社会を築いています。社会生活を営むにはお互いの意思の疎通、つまりコミュニケーションが必要です。言葉もしゃべれないはずのミツバチたちは、いったいどうやって”会話”しているのでしょうか?
 たとえば、蜜源を探しに行った斥候役の働き蜂は、巣に戻るなり「見つけたわよ!」と尻振りダンスで場所を教えます。このダンスを発見したのはオーストリアの昆虫学者カール・フォン・フリッシュで、その功績により1973年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。
 巣に戻った働き蜂は、巣箱に垂直に入れられた巣の上でダンスを踊ります。蜜源がごく近く(およそ30メートル以内)にあるとき、蜂はぐるぐると円を描くように踊り始めます。すると、ほかの蜂たちもお尻のあとにつき従って、ぐるぐる回ります。この円形ダンスは「獲物がすぐ近くにあるわよ」というサインであり、お尻にくっついて回っていた蜂たちは「ガッテン承知」とばかり、大挙して飛び出していきます。
 この距離より少し遠いところに蜜源があるとき、今度はせわしなくお尻を振りながら8の字を描きます。そして、花が遠くにあるときは、ゆっくりとお尻を振りながら8の字を描きます。
 蜜源の方向は踊りの角度で知らせます。それも、太陽光線を重力に置き換える方法です。たとえば、巣から見て蜜源が太陽と同じ方向にあるときは、尻振りダンスは真上に向かって踊られます。8の字の中心線は垂直となります。蜜源が太陽の左にあったり、右にあったりしたときは、8の字の中心線もその角度に合わせたものとなります。太陽より左120度に蜜源があるなら、尻振りダンスも左を向き、8の字の中心線は垂直方向に対して120度の角度となります。
 さらに最近、ミツバチは音でも会話していることがわかってきました。羽ばたきが音となり、密源までの距離や方向を伝えているというのです。
 ミツバチは尻振りダンスを踊るとき、飛翔筋を細かく動かして250ヘルツ前後の周波数の音を出します。実は、この音が1秒続くと餌場は600メートル先、2.5秒なら1500メートル先といったように、正確に伝えているのです。
だからミツバチは、手当たり次第に蜜や花粉を集めて回るという無知で野蛮で効率の悪いことはせず、正確無比の情報伝達のもと、豊富な蜜源をターゲットに絞り、レンゲならレンゲ、ミカンならミカンと、同じ種類の花に通い続けることができます。このようなミツバチの習性を「訪花の一定性」と呼んでいます。

計算・学習するミツバチ

 目的地にすばやく到達し、情報を正しく伝えるため、ミツバチは独自の”コンパス”や”時計”も持っています。
 1キロも2キロも離れていようが、獲物の採集が終わると、ミツバチは弾丸のように一直線で巣に飛んで帰ってきます。何を頼りに巣に帰ってくるかというと、太陽です。蜜源を知らせる尻振りダンスと同様、太陽光線を軸にした幾何学的な計算が頭に入っていて、この原理は「光のコンパス」と呼ばれています。
「光のコンパス」は、曇り空で太陽が顔を出していなくても働きます。おそらく雲を通して届く目に見えない光である熱線(赤外線)を感知する能力を持っているのではないか、といわれています。
 このようなミツバチの行動は、イギリスの科学者チームがレーダーでミツバチを追跡して確認。2005年5月に、世界で最も権威があるといわれる科学誌『ネイチャー』で発表されています。
 同チームによる観察と研究の結果、ミツバチは確かに斥候役の蜂のダンスを解読して、示された方角に真っ直ぐに飛んでいくことがわかりました。さらに、風があるときには地面と太陽の方角を見て横方向のずれを知り、風で流された分を修正していたといいます。
 ミツバチの体内には”時計”も内蔵されています。「生物時計」「体内時計」と呼ばれる機構が脳の中に組み込まれているのです。体内時計によって蜜を採りにいく時刻を知る能力も身につけています。たとえば、ある種類のミツバチは、午後1時から3時の時間帯にしかエサを集めに行きません。ミツバチは決められた時刻を守っているのです。
 しかも、ミツバチは時刻を学習する能力を持っているといいますから驚きです。
 花の種類によっては、一日の中でも濃くて甘い蜜を出す時刻が違います。午前11時ごろに盛んに蜜を出す花もあれば、午後3時ごろという花もあります。
 少しでもたくさんの蜜や花粉を、効率よく集めようとするのがミツバチの習性です。そこで、花がどの時刻に蜜をたくさん出すかをしっかりと記憶して、体内時計をリセットし、毎日その時間帯に花を訪れるようにするのです。
 人間よりはるかに小さな脳と体しか持たないのに、人間以上に賢い働きをする――それがミツバチといえそうです。


第2回 子孫繁栄のためだけに生きるオス蜂の宿命

なぜオスとメスに分かれたのか

 「男と女はなぜ愛し合うのか」は永遠の難題かもしれませんが、「生き物にはなぜ男と女、オスとメスがいるか」については、ある程度の説明ができそうです。
現代の生物学が解説するところによれば――。
  人間やミツバチも含めて、多くの生物はオスとメスの2種類の性を持っています。もちろん、40億年も前に地球上に生物が誕生したときはオスもメスもなくて、自分一人でどんどん分裂して増えていきました。今でも、バクテリアなどの無性生殖の生き物は性を介さずに、自らのコピーを増やして子孫を残しています。
  しかし、無性生殖だと、生まれてくる子どもは親とまったく同じ性質を持っていますから、自分より強い敵が登場したり、病原菌が現れたりしたとき、いくら仲間が何十億いたとしても、一度弱点が見つかればたちまち全滅の憂き目にあうかもしれません。   それだったら、別々の情報を持った遺伝子を混ぜ合わせちゃおう、というのが有性生殖のご先祖たちの戦略です。いろんな特徴を持った子どもをたくさん作れば、新しい能力を持つようになるかもしれないし、外敵にも強くなるに違いない・・・・・・と、オスとメスが登場したというわけなのです。
  実は、種の保存のためのこのような仕組みを、最大限に“活用”しているのがミツバチです。なにしろミツバチのオスは、自分の遺伝子を女王蜂に宿すためだけに生まれてくるのですから――。
  人間の場合、出会うチャンスを増やす配慮からか、男女はだいたい半数ずつ生まれるようになっています。では、ミツバチの社会はというと、オスは少数派も少数派、一つの巣に数万匹ものメスがいる中で、多いときでも数百匹にすぎず、それも春から夏の限られた時期だけにしか存在しません。数万匹の中の数百匹なら、さぞや酒池肉林でモテモテだろうと思ったら、さにあらず。過酷な生き方を課せられるのがオス蜂たちです。

オス蜂に父親はいない

 そもそもミツバチのオスは、生まれ方からして変わっています。ミツバチ社会の中で、子どもを産むのは唯一、女王蜂の仕事ですが、彼女は六角形の巣房に次々と卵を産みつけるとき、自らの卵子に体内に貯蔵していた精子を受精させて受精卵を、精子を使わずに未受精卵をと、産み分けを行っています。受精卵から生まれるのはメスで、未受精卵からはオスが生まれます。つまり、オスには父親はおらず、母親しかいないことになります。
  生まれてきたオス蜂は働き蜂と同様、幼虫になってからの3日間はローヤルゼリーを、4日目からは花粉やハチミツを与えられて育ちます。やがて羽化したオス蜂は、働くでもなく、ただブラブラしています。まるで居候かスネっかじりの息子のようなオス蜂を、働き蜂は叱りつけるどころか、せっせと食べ物を与えます。
  そもそも、オス蜂は怠け者というより働くすべを知らず、自力で食べることもできないので、働き蜂から口移しで食べ物をもらいます。では、オスの存在意義とは何かといえば、唯一、女王蜂と交尾することです。それだけのために彼らは生を受けたのであり、したがって繁殖期だけの命なのです。
  ただし、オス蜂は巣の中では決して女王蜂にいい寄ったりしません。どこで交尾するのかといえば、真っ昼間の大空で、となります。
  よく、「女王蜂が交尾のため巣から飛び立つと、そのあとを同じ巣にいるオス蜂がいっせいに追いかけ、もっとも早く追いついたオス蜂がめでたく女王蜂と添い遂げる」といわれたりしますが、これは事実ではありません。オスとメスに分けただけでなく、ミツバチ社会は実に巧妙に近親交配を避け、優性遺伝の仕組みを作ったもので、女王蜂が出会うオス蜂とは、自分の巣ではない別の巣のオスとであり、そのためにこそ“空中結婚”が行われるのです。

壮絶な“空中結婚”のワケ

 女王蜂は羽化後1週間ほどして交尾期を迎えます。この時期になると晴れた日の午後、オス蜂は待ってましたとばかりに、勢いよく巣の外に飛び立っていきます。一つの巣からだけでなく、付近の巣からもたくさんのオス蜂が飛んできて、1ヵ所に集まります。場所はだいたい決まっていて、地上10~40メートル、直径50~200メートルの空間で、毎日たくさんのオス蜂が集まってくることが観察されています。
  そこへ、巣から出た女王蜂がやってきます。すると、オス蜂は死に物狂いで花嫁を追いかけます。つまり、オス蜂を1ヵ所に集め、ヨーイドンで競走させるわけで、飛ぶ力が強く、もっともたくましいオス蜂のみが、花婿の資格を得るのです。
  “空中結婚”はすさまじいの一言。花嫁に追いすがったオス蜂は空中でアタックを開始します。うまく女王蜂と交尾に成功し、思いっきり精子を放出すると、その途端、オス蜂の性器は引きちぎられ、ショック死して落ちていきます。まさに“命がけの恋”です。
  このとき女王蜂は、選び抜かれたった一匹とではなく、複数のオス蜂と交わることがわかっています。つまり、“群婚”というわけですね。実験結果によると、新婚旅行から帰ってきた女王蜂の輸卵管で発見された精子の数から推計して、1回の“空中結婚”で7~8匹のオスと交わっていることが報告されています。
  なぜ何匹ものオスと交わるかといえば、もちろん女王蜂が“多情な女”というわけではなく、これもひとえに子孫繁栄のため。なるべくたくさんの異なる遺伝子を体内に受け、外敵や伝染病にも、環境の変化にも負けない強い子孫を残そうとする、母親としての切なる願いからにほかなりません。“新婚旅行”から帰った女王蜂は未亡人ならぬ“未亡蜂”となり、一生を過ごします。一度の結婚飛行で蓄えた精子を小出しにしながら、生涯にわたって卵を産み続けるわけです。
  女王蜂との恋に破れ、むなしく巣に帰ったオス蜂たちの、その後の運命は悲惨です。女王蜂の結婚相手としてだけ存在価値があるのがオス蜂。たっぷりと精子を蓄えた女王蜂が巣に籠ってしまえば、もはやただの厄介者で、巣の中にいても無駄に食べるだけですから、分業で成り立っているミツバチ社会では、もはや彼らの存在を許すわけにはいきません。
  働き蜂はオス蜂を追い出しにかかり、かみつき、ひっかき、やがて巣の外へ引き出して追放処分です。そうなるとオス蜂はもはや餓死するしかなく、何とも哀れな運命というほかありません。しかし、そう思うのは人間だけで、ミツバチにとっては種の存続が最大の課題。そのために役割を分担し合い、自分の仕事をきちんとこなしているのですから、用がなくなれば消え去るのみなのでしょう。
ただし、オス蜂は死に絶えても、その分身は女王蜂の体内に生き続けます。女王蜂は溜め込んだ精子を何年にもわたって小出しに用いるので、その間、オスの精子は生き続け、自分の遺伝子を確実に継承していくことになります。これこそ“男の本懐”といえるのではないでしょうか。
  さて次回は、人間以上に秩序ある「社会」を築いているミツバチの、コミュニケーションについてご紹介しましょう。数万匹もいるミツバチたちは巣の中で一体、どんな会話をしているのでしょうか?